VOL.002 オートショップアズマ 我妻運司

日本キャンピングカー物語

2022年10月27日取材 ※文中敬称略

業界の創成期から卓越した発想で、新しいものを生み出し続けたレジェンド

日本のキャンピングカーの歴史は、カスタムカーから始まった。
その先端を歩み続けたアイデアクラフトマンが我妻である。
「人と同じことやってもダメ!人マネじゃダメ!」が口癖なのだ!

●我妻運司、昭和16年(1941年)12月に山形県に生まれる。

●昭和34年(1959年)高校を卒業すると上京し、東京都足立区内の自動車整備工場へ勤務、自動車整備や板金塗装などの技術を習得する。
その後独立して足立区内に「ボディショップアズマ」の屋号で店舗を構える。

●昭和43年(1968年)足立区の店舗が手狭になったことから、現在の拠点埼玉県越谷市に移転し、カスタムカーの製造工場を兼ねた店舗を設立

●昭和49年(1974年)法人有限会社オートショップアズマを設立

●昭和53年(1978年)キャンピングカーの製造販売を開始

※当時の雑誌広告
※当時の雑誌広告、ほのぼのとした内容が楽しい

●昭和58年(1983年)キャンピングカーに「物品税」が課税されるとの事案がもちあがった際には、当コラム前出のロータス相原氏と共に任意団体「日本カスタムカー協会」を設立、五反田の郵貯会館で全体会議を行うも、意思統一が図られずグループは解散。しかしこの時のつながりが、のちの日本RV協会の設立へと続くことになるのである。

●平成2年(1990年)「AZ-MAX」ブランドを開始!オリジナルエアロパーツの開発、製造販売、コンプリートカーの製造販売を始める

●平成6年(1994年)日本RV協会(JRVA)の設立に尽力する

※大人気となった「Vクルーズ」カタログより抜粋

●平成11年(1999年)大ヒットとなったハイエースのコンプリートモデル「Vクルーズ」を発売
当時のカスタムモデルの多くが、オーダーメイド中心だったが、オリジナルエアロパーツでドレスアップされた外装に、ラウンジタイプの内装で仕上げた完成車を製造販売するという、現在では主流の「コンプリートモデル」という手法を始めた

●平成12年(2000年)~平成14年(2002年)日本RV協会(JRVA)会長を務める

※グランドハイエースのコンプリートモデル「Gシャイン」カタログより抜粋

●平成13年(2001年)グランドハイエース特装車にオリジナルルーフを架装したラグジュアリーなコンプリートモデル「Gシャイン」を発売!こちらも人気を博した。

※Vクルーズのプラモデル

●平成14年(2002年)人気のコンプリートモデル「Vクルーズ」が青島文化教材社からプラモデルとして販売された

●平成15年(2003年)構造要件の変更でロールーフ車のキャンピングカー登録ができなくなったことから「Vクルーズ」の生産を終了
ほどなくグランドハイエース特装車の供給も終わったので「Gシャイン」の生産も終了することとなった。

そしてこの後、我妻は180度の方向転換を図る!

●平成15年(2003年)これまで手掛けてきたカスタムモデルの方向から180度発想を転換、軽キャンピングカー、それも当時としてはだれも手掛けていなかったキャブコンタイプの「ラクーン」を開発!軽トラックベースながら普通車キャンピング登録となるキャブコンモデルが誕生した。

●平成19年(2007年)ポップアップ軽キャンパー「ケ-アイ」を発売!こちらは、軽自動車キャンピング登録となるモデルだ。

●平成20年(2008年)タウンエースベースのポップアップキャブコン「Mホルーヴァ」を発売

●平成25年(2013年)タウンエースベースのコンパクトキャブコン「フィール」を発売

●カスタムモデルの製造販売からはじまり、常に他者と違うもの、ほかの人がやらないことへのあくなき挑戦と、そのための様々なアイデアを出し、「AZ-MAX」を現在の「軽&コンパクトキャンピングカー」の有名店に育て上げたのである。

●現在は、実務をご子息の直人氏(右側)に任せ悠々自適な身ながらも、またなにか新しいアイデアを考えているのではないだろうか!?

有限会社オートショップアズマ
〒343-0851 埼玉県越谷市七左町1-356
TEL:048-986-2566 FAX:048-987-2933
営業時間:9:00~17:30
定休日:日曜日・祭日

●令和6年3月21日 我妻運司氏は、病没されました。享年82歳 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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写真/文:山本公紀